皆さんこんにちは。南大阪在住、ブログの管理人「カズ」です。今回はいろいろ考えた結果、昨年4月に記事にした、四国八十八ヶ所の旅を改訂したものを発表します。生前の父が最も気にしていた文章であること、また、昨年の発表時には写真の張り方が不得手で、読みづらい構造になっているところ改善した上でもう一度発表したいと私自身が思ったことです。また、毎回、申しておりますが、父親が過去記録した旅行記を息子の私がブログという形で皆さんに公表しています。現在と状況が変わっている可能性があることをご了解ください。
スマホでブログをご覧になっている皆さんへ。本文のあとに旅行の行程表がありますが、それを見る際はスマホを横にしてご覧になって下さい。縦のままだとちゃんと表示されません。よろしくお願いします。

 

私達がはじめて、四国八十八ヶ所札所に参詣したのは、1993年3月4日のことだった。随分以前のことになる。四国東部海岸、千羽海崖や南阿波サンライン等の名勝を訪れて、同時に所在する札所を巡る旅を試みたものだった。
当時、四国への旅行は、甲子園フェリーを利用して、西宮から津名町に渡り、本四有料道路を鳴門インターチェンジまで行くことが一般的だった。七郎兵衛屋敷や眉山公円にドライブした後、18番霊場恩山寺が最初だった。

恩山寺(十八番)
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この頃、私は未だ現役で、鉄工溶接業を営んでおり、愛用のトラック「ボンゴ」で遠方まで出掛けていた。19番立江寺から南下して、薬王寺に参詣した。

 立江寺(十九番)
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 津峯山頂より橘湾一望
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 薬王寺(二十三番)
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残念ながら、日和佐から出港する千羽海崖の遊覧船は3月中旬から実施されるようで、春なお浅い3月上旬では断念するしかなかった。牟岐町加島荘に一泊して、5日に太龍寺、鶴林寺に参詣した。

大浜海岸
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  南阿波サンラインより千羽海岸を望む
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  加島荘より八坂矢浜を望む
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  みとこ荘附近より水床湾を望む
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 太龍寺(二十一番)
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  鶴林寺(二十番)
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実は最初から、一番霊場から順次八十八ヶ寺に遍路する気持ちの持ち合わせは無かった。順打ちや逆打ち等の言葉さえ知らなかったのだ。全く信仰心が無かったわけでも無いが、やはり観光に力点があったと思われる。
ロープウェイを利用する太龍寺も、約570メートルの山頂に所在する鶴林寺も、山間部の深い樹叢につつまれた寺院は、堂々としていて清々しさを感じさせる。やはり人の心を引きつける何物かがあるようである。私達は阿波の国の五ヶ寺にお参りして帰宅した。勿論、この後、どうして結願まで行くのか考えもしなかった。しかし、何時かはその日があることを念じていたかも知れぬ。
あれから丸15年が経過して、私は80歳を超えている。多少気持ちの焦りもあって、今年(2008年)は集中的に四国詣りをすることになった。私達は当初から歩き遍路は考えも及ばぬ事である。しかし、車の利用も近年視力が弱化して、長距離、長時間の運転は困難を感じることが多かった。
今ひとつ、順打ちする場合、ガイドブックも存在するし、比較的大きな案内板も具わっていて、道路に迷うことも少ないと思うが、巡礼一辺倒はとても難行であり、信仰心に集中できる特別な事情や、自己の再発見を求めた哲学的な命題に挑戦する気力の持ち合わせが無しに、特に歩き遍路の場合はそうであり、私達では中途挫折の原因になると思うのである。
勝手な言い分かも知れないが、何の拘束も受けず、どんな形式にも囚われず、自らの力を精一杯引き出して、巡礼し、偉大な自然を愛し、自然美を讃え、例え瞬時でも自然に通ずる清楚な気持ちに帰り、感謝する心を想起する。これが同行二人として、弘法大師空海に教えを受け、心眼を開いていく真髄とみて良いのでは無いか。
2008年7月18日、私達は土佐国28番札所、大日寺に参詣して、結願することが出来た。勝手気儘なコース設定であり、道中に四国の山岳地帯や、海岸線の美景を楽しむ観光目的も併せたものであった。流石に余り達成感は無かったが、15年間、全29泊、大阪から出発した9,068キロメートルの距離を無事結願までこぎ着けた喜びは、日を追って心に滲みる。