皆さんこんにちは。南大阪在住、ブログの管理人「カズ」です。今回は以前お届けした記事の改訂版としてお送りします。はっきり言うと、大河ドラマに便乗していまが、以前よりも格段に読みやすくなっていると思います。父の旅行記に「西郷どんの足跡を訪ねて」を使用するのは初めてですが、ご了承下さい。
また、毎回、申しておりますが、父親が過去記録した旅行記を息子の私がブログという形で皆さんに公表しています。現在と状況が変わっている可能性があることをご了解ください。
スマホでブログをご覧になっている皆さんへ。本文のあとに旅行の行程表がありますが、それを見る際はスマホを横にしてご覧になって下さい。縦のままだとちゃんと表示されません。よろしくお願いします。
1999年5月18日(日) 後編
少し時間があったので、直方市石炭記念館に立ち寄ったが、休館日だった。筑豊地方の炭坑の歴史を伝えるために開設されたそうだが、建物は相当古くなっており、外部には炭鉱用の蒸気機関車なども展示されているが、いずれも殆ど手入れされていなくて、記念館のパンフレットの写真とは期待の外れたものであった。
戦争後の石炭産業華やかなりし頃は直方の街並みも活気があったと思われるが、筑豊線直方駅も、街全体も荒れた田舎町という感じを受けた。ボタ山は跡形もなくて炭坑街という感じはしなかった。市営かどうかは不明であるが、炭住のような古い住宅も街の中心から外れたところに存在した。新しい石炭に代わる産業が育たないのか、随分年月が経っているのに。
直方いこいの村への路はややこしかった。2~3名に聞いてみたが「アッチ」「コッチ」と返事があるだけで、要領を得なかったが、タクシーの運転手に聞いてはじめて分った。
午後3時半、まだ少し時間も早かったので、福智山ろく花公園へ行ってみた。オープンから間もないようだが、家族連れが来ていて少し時間が経てば良い公園になると思った。
福智山ろく花公園

午後4時10分、第一日目の宿泊地、直方いこいの村(0949-24-9700)に入った。建物は新しく立派で、当地の多くの人が利用しているリクレーション施設であり、17畳の和室が私達の部屋であった。部屋の窓からは直方の遠景を望み、後方は福智山、雲取山、鷹取山などの山々が近かった。走行距離は653㎞。随分走ったものだ。部屋食。
1999年5月18日(日) 後編
場所 時間 メーター表示
壇ノ浦サービスエリア 着 13時19分 595㎞
発 13時50分
八幡サービスエリア 14時15分 628㎞
直方市石炭記念館 14時58分 635㎞
直方いこいの村 15時33分 646㎞
発 15時40分
福智山ろく花公園 16時01分 649㎞
直方いこいの村 16時10分 653㎞
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