皆さんこんにちは。南大阪在住、ブログの管理人「カズ」です。今回は以前お届けした記事の改訂版としてお送りします。はっきり言うと、大河ドラマに便乗していまが、以前よりも格段に読みやすくなっていると思います。父の旅行記に「西郷どんの足跡を訪ねて」を使用するのは初めてですが、ご了承下さい。また、大雨で全国に被害が発生しています。被害に遭われた方にお見舞いを申し上げますとともに、一刻も早い復興を祈念します。
また、毎回、申しておりますが、父親が過去記録した旅行記を息子の私がブログという形で皆さんに公表しています。現在と状況が変わっている可能性があることをご了解ください。
スマホでブログをご覧になっている皆さんへ。本文のあとに旅行の行程表がありますが、それを見る際はスマホを横にしてご覧になって下さい。縦のままだとちゃんと表示されません。よろしくお願いします。
1999年5月20日(火) 後編
佐多岬ロードは亜熱帯の植物が群生しており、さすがに本土とは少し変った雰囲気であった。田尻辺りから枇榔(びろう)樹の茂る枇榔島が近くにあった。
3時23分、岬駐車場に到着。ここから展望台までは徒歩である。入園料を払ってトンネルを通る。少し行くと御崎神社があった。断崖の迫る昇り下りの狭い道を展望台まで歩いた。素晴らしい岩場である。展望台近くに石造りのお社があった。相当古いもののようだが、縁結びの神様であった。
御崎神社
佐多岬


縁結び神様
本土最南端、佐多岬、すぐ向いに灯台の島があった。晴天に恵まれ心ゆくまで岬の風景を味わった。佐多岬より見る太平洋である。
岬灯台
本土最南端佐多岬
枇榔島
岬風景

見物を終えて4時20分、岬駐車場を後にした。午後4時40分、大泊に戻る。少し時間があったので、外ノ浦から間泊まで足を延ばした。小さな峠を越えたところにこれらの部落があった。漁師町である。
大泊のみさき旅館(管理人注 廃業したと推測される)は古い民宿風の宿舎であった。女主人は言葉の少ない人で余り話は聞けなかった。あわび、さざえなど新しい魚は美味であった。夕食後、明日の計画を立てる。桜島を廻るのも良いかも知れぬ。しかし時間が足りるかどうか心配だ。当初、日程的に佐多岬訪問を断念しかけたが苦心して計画に組み込んだ。満足だった。
1999年5月20日(火) 後編
場所 時間 メーター表示
一旦 みさき荘に立ち寄り、佐多岬へ
岬駐車場 着 15時23分 195㎞
徒歩 岬見物 発 16時20分
佐多岬港(大泊) 16時40分 204㎞
外ノ浦、間泊まで走行、引き返し
大泊みさき旅館 17時00分 213㎞
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