皆さんこんにちは。南大阪在住、ブログの管理人「カズ」です。今回は以前お届けした記事の改訂版としてお送りします。はっきり言うと、大河ドラマに便乗していまが、以前よりも格段に読みやすくなっていると思います。父の旅行記に「西郷どんの足跡を訪ねて」を使用するのは初めてですが、ご了承下さい。また、大雨で全国に被害が発生しています。被害に遭われた方にお見舞いを申し上げますとともに、一刻も早い復興を祈念します。
また、毎回、申しておりますが、父親が過去記録した旅行記を息子の私がブログという形で皆さんに公表しています。現在と状況が変わっている可能性があることをご了解ください。
スマホでブログをご覧になっている皆さんへ。本文のあとに旅行の行程表がありますが、それを見る際はスマホを横にしてご覧になって下さい。縦のままだとちゃんと表示されません。よろしくお願いします。

1999年5月21日(水) 前編 

朝食を7時にしてもらった。朝刊によるとフェリーのストは解決したとのことであった。問題は解決していないがストは取り敢えず解除したらしい。昨夜ストを予想して日程を計画したので、桜島を廻って指宿へ行くことにした。天気も良かった。
7時37分の出発。大隅半島から望む開聞岳の姿も良かった。島泊入口のバス停より島泊に入る。平凡な漁師町であるが、平家の落人部落という。港の近くにいた古老に遺跡か何か残っているものがあるか聞いてみたが、山の手に磨崖仏はあるが遺跡らしいものは存在しないとの事であった。入江のちょうど前方に八島神社があった。伊座敷までの道路に、かつて日本の特攻隊が南の島から持ち帰ったらしい黄色い美しい花が両側の傾斜面に一杯咲き誇っていた。

 特攻隊が南の島から持ち帰った黄色い花
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 島泊(平家の里)
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佐多の旧薬園はちょうど道に面してあったが、内部には入らなかった。昨日急いで通った佐多街道、根占町の途中に、生麦事件に端を欲した薩英戦争の準備に造られた砲台の台場跡があった。荒平天神様より垂水市を通過。海岸近くで給油及び郵便局に立ち寄る。桜島は天気も良かったので噴煙もよく見えた。大正、昭和の大噴火の荒々しい溶岩、自然の力の恐ろしさに今更驚く。桜島展望台に10時前到着。修学旅行の学生達も沢山来ていた。記念の撮影をする。近くの古里温泉は以前に通ったときと比較して立派な旅館やホテルが沢山あるような気がした。

 薩英戦争台場跡
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 桜島展望台より
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1999年5月21日(水) 前編

場所               時間       メーター表示

出発              7時37分       0㎞

鹿ノ屋花公園          8時50分      44㎞

給油(垂水市)         9時31分      75㎞

海潟郵便局           9時40分      76㎞

桜島展望台 着         9時52分      82㎞

      発        10時10分


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