皆さんこんにちは。南大阪在住、ブログの管理人「カズ」です。九州各地で、被害に遭われた方にお見舞い申し上げますとともに、一刻も早い復興を祈念いたします。今回から新しいシリーズです。1回の旅行記ではなく、父が、長野県の遠山郷、秋葉街道を数回にわたって旅行した思い出をまとめたものです。この文章の最終の奥書は2010年4月1日となっています。今回もかなりの長丁場になりますが、皆さん、お付き合いよろしくお願いします。なお、毎回、申しておりますが、父親が過去記録した旅行記を息子の私がブログという形で皆さんに公表しています。現在と状況が変わっている可能性があることをご了解ください。

それは20年近く前のことである。私はまだ現役で、小さな鉄工所を営んでいた。元来、旅行に興味を持っていたが、仕事の都合等で殆ど遠出することは不可能だった。「旅」という月刊雑誌が出ていて、(管理人注 この雑誌は2012年休刊)旅行に関する記事は勿論、多くの旅行作家による地方の歴史、文化等について、突っ込んだ作品が掲載されていた、私は合間、合間に道路地図と引き合わせて、好みに合った地域の地図を愛読した。偶然のことだったが、或る日、信州の地図を見ていて、面白いことに気付いた。私は地図の高低差は余り気が付かないのであるが、一本の国道が、ほぼ直線に南北に通じているのを見付けたのである。それが、南アルプスの山裾を縫う旧い街道であることは、殆ど意識もしていなかった。
この道路は途中二ヶ所で大きな途切れがあり、天竜川沿いの幹線からは、余り道も通じていない。バス位は通じている田舎道にしか考えていなかった。それでも少し道を入ると温泉もある。私はどこにでもあるような風景をイメージしていたようだ。
何が切っ掛けになったか忘れてしまったが、私はこの南北に直線に走る道がどんなものなのか、訪ねてみようと決心した。この道が、国道152号線、256号線であり、北は諏訪から高遠町、長谷村、大鹿村、上村、南信濃村を経て、水窪町に通じ、江戸中期頃より、信州から遠州の秋葉神社に参詣する人で賑わった「秋葉道」「火防の道」であり、南アルプスの山深い谷間をぬい、険しい峠を越え、往時は相当な賑わいのあった街道であることが分かってきた。
私は長谷村、上村、南信濃村、天竜村のそれぞれの役場に電話して、村案内のパンフレットの郵送を依頼した。全村から早速、種々な資料を送って下さった。市販されていた「信州秘湯のたび」(信州の街道を行く)を購入して、筆者が直接コースを踏破した手記も大いに参考に出来た。又「旅」に記載された秋葉街道に関係した紀行文も、この街道の歴史的、地理的な観点に留まらず、生活者の面で、非常に理解を深める上で役立ったと思っている。
全行程を一度で廻りきることは不可能である。私は1992年から1995年まで毎年1度と、1997年及び2007年、合計6度この地を訪れた。最初の年は、主に大鹿村を中心とし、下栗(上村)にも立ち寄った。2度目は、上村を主として南信濃にも足を延ばした。3度目、1994年は高遠から長谷村へ、4度目は奥三河から秋葉神社に参詣した。5度目は高遠から分杭峠、最後に訪れた2007年は、天竜村から下栗地区をドライブした。最後の訪問は、最初から15年の月日が経過しており、秘境下栗の里も街道沿いは随分変化したことを実感した。
遠出のドライブ旅行を始めた頃は、大まかな行程のみで、細かな記録や感想文もない、残した若干の資料と、記録した写真を参考に思い出を書いてみようと努力することにした。さて、何処まで記憶を思い起こせるかどうか、見当もつかない。
最初、私達が訪れたのは、大鹿村だった。1992年10月2日から4日までの2泊の旅だった。愛用のトラック、ボンゴを利用してのことだった。当時、私達は商用で滋賀県に出張することが多かった。ボンゴは積載量850㎏のディーゼルトラックであり、何処へ行くにも、この愛車のお世話になっていた。ディーゼルはエンジントラブルは少ないと定評があり、運転もしやすかった。
10月2日、早朝に出発して、藤井寺インターチェンジから西名阪道に入る。私達は常々、滋賀県の出張にこの道を利用していた関係もあり、又現在ほど交通の量も多くなくて、比較的走行しやすい道路だった。天理インターチェンジからは名阪国道になるが、亀山インターチェンジから東名阪道、この高速道路も当時は利用客が少なくて、私達にとっては、真に走りやすい有り難い道だった。
名古屋西ジャンクションから清洲東インターチェンジへ。此所から国道22号線を利用。名神高速一宮インターチェンジから小牧ジャンクションを経て、中央自動車道を一路信州へ。飯田インターチェンジまで突っ走り国道153号線に出た。
最初に私達は元善光寺に参詣。門前町の水引屋に立ち寄って、飯田の伝統工芸として有名な水引を拝見した。給油を済ませ、松川町から小渋川沿いの県道を大鹿村に向かう。伊那谷と南アルプスの山麓の間に立ちはだかる1,000メートル以上の山脈を越えて東進する。途中、小渋ダムの工事だろうか。何台ものトラックに出合った。落合で、国道256号線、秋葉街道に合流する。
部落の中心へは距離があるのだろう。予想以上に民家は少ないようだった。何か工場らしきものが建っているが、人影も余り見当たらなかった。私達は左折して北上する。左手に鹿塩川の流れがあるが、道は次第に狭くなる。その姿は正に山岳部の樹林帯を往く感じである。道中に儀内路、女高、北川集落跡など何軒か農家に出合えると思っていたが、勿論表示も無く、脇道に入るや、突然急斜面のカーブが続く山道に入ってしまう。後車輪の軽いトラックではスリップしてとても危険である。結局この道では、車一台、人一人出合うこともなく、何処になにがあるのか、始めての私達に確認できるものはなかった。然し、この道は紛れもなく秋葉街道であり、国道として存在する。
相当に北へ進んだ頃、村指定の天然記念物「矢立木」を見付けることが出来た。余り聞き慣れない名前であり、何に使用されたものか判然としなかったが、渓深い街道沿いの原生林に、巨大な杉と思われる樹木が高く伸びている。矢の突っ立った跡らしきものもあって、往時、甲州の武田信玄の軍勢が遠州攻略の際、この道を南下したとき出来たものらしい。多くの武者が巨木を目標に弓を射て、ストレス解消を試みたのかも知れない。秋葉の道は700年近く前から、南北朝時代の戦略道であり、古い歴史と伝統に彩られた、今尚大自然を色濃く残した山の道である。

写真は上から 飯田元善光寺

       矢立木

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