皆さんこんにちは。南大阪在中、ブログの管理人「カズ」です。
久々に父の文章と行程表が作成されている旅行記をお送りします。なお、父親が過去記録した旅行記を息子の私がブログという形で皆さんに公表しています。現在と状況が変っている可能性があることをご了解ください。
スマホでブログをご覧になっている皆さんへ。本文の後に旅行の行程表がありますが、それを見る際はスマホを横にしてご覧になって下さい。縦のままだとちゃんと表示されません。よろしくお願いします。
2002年10月31日(木曜日)その3
川土手の狭い道を入って、萬福寺を訪れる。時間が少なくて枯山水の雪舟庭園は拝見しなかった。本堂は国の重要文化財に指定されていて、屋根の曲線が実に美しい。

一度中吉田の交差点に出て、9号線から高津川を越えて、柿本神社に詣る。長い石段を登ると社があるが、幸い車で坂道を行くことが出来た。立派な社殿の前に人麻呂公の銅像があった。社殿の横には「鴨山の磐根し枕ける吾をかも知らにと妹が待ちつつあらん」の歌碑も立っている。(管理人注 辞世の句 現代語訳にすると 鴨山の岩を枕にして死にそうな私を何も知らずに妻は待ち続けているだろう)




人麻呂公は石見国で逝去したと伝えられているが、多くの謎があるらしい。彼の死がかなり劇的だったとして、梅原猛氏は「水底の歌」で論じている。人麻呂公は宮廷の権力闘争の犠牲者だったのかもしれない。
昼食は楽々亭でとった。国道9号線から488号線に入り匹見川に沿って進む。匹見峡観光にどのルートを選ぶか迷ったところである。この国道が災害のため、吉和まで通じず無理な日程を組む結果となった。
萬福寺
高津柿本神社 着 11時16分 89.3㎞
発 11時27分
楽々亭 12時10分
国道9号線
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