皆さんこんにちは。南大阪在住、ブログの管理人「カズ」です。

前回の続きです。

一旦謎解きは中断して「鉄炮鍛治屋敷」を訪問したのでその記事を掲載します。クーポンを使用しました。鉄炮の炮の字は江戸時代の子文書の字を敢えて採用しています。

以前から建物は存在していましたが、内部が整備され昨年3月から歴史館という形で公開されています。

建物は「名探偵へのきっぷ」の下記記事で訪れた「清学院」とそれぞれの裏側で隣接しています。

http://mannyuukazu.com/archives/27415930.html

清学院は川口慧海(かわぐちえかい 仏教の原点を求めて日本人として初めてチベットに入国した仏教学者)が幼少時学んだ場所として知られています。

鉄砲鍛治屋敷外見
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始めに歴史的な役割等について映像を見ます。その後、ボランティアから説明を受けます。

井上関右衛門家とは、江戸時代の堺で活躍した鉄炮鍛冶の家系です。1人ではなく代々名前が引き継がれてきました。

近年まで、江戸時代は平和になり鉄炮生産は衰退したというのが、定説でした。しかし、井上関右衛門家から多数の古文書が発見され、堺市と関西大学による共同研究により、江戸時代後期にかけて鉄炮の受注が急増していたというのが真実でした。

「みせの間」 通りに面しており商談が行なわれていたスペースです。
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火縄銃の上が「井上関右衛門家出入先分布図」です。60藩に出入りしていました。その左が「井上関右衛門家歴代略系図」です。
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一旦外に出て、西に行くと「鍛冶場」があります。昨年3月から公開されるに当たり、新しく再現されました。
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次回に続きます。

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